Tarantino,Reservoir Dogs (1991)2004/06/20

 これも、すごい。演劇的ですね。基本的には、一つの密室での数人の男の間で繰り広げられる心理劇。ただ、そこで、一人一人の回想シーンがあとから効果的に加わることで、アメリカ映画にありがちな単なるストーリー・テリングに陥らず、一人一人の内面を見通した、非常に奥行きのある、文学的な作品に仕上がっている。

 最後のシーンで、少し泣けてきた。究極的な状況設定で、倫理とは何かを問う作品です。一見、バイオレンス映画ですが。人が人を食う世界で、一人の人間に倫理が宿る。その瞬間のきらめき。『パルプ・フィクション』もそうだと思うけど。

 そういえば、これの劇場公開当時、僕は毎週映画館に通っていたのだけど、これは、観なかった。食わず嫌いで避けていた。David RynchとTarantinoは。こんなにすばらしい作品だったとは。結局、この殺伐とした現代において、倫理をどう考えるのか、という点なのだね、この二人がこだわるのは。

*mehr Infomationen = Quentin Tarantino," Reservoir Dogs" (1991)[カンヌ国際映画祭出品作品]

Tarantino,Pulp Fiction(1994)2004/06/09

初めてタランティーノを観た。とりあえず、『パルプ・フィクション』。

なるほど、これは面白いし、よくできている。ラストには、少しほろりとした。

シナリオの構成、特に直線的でない時間のつなぎかた、が滅茶苦茶凝っているのはもちろんだが、それ以上に、画面のなかの人の動きに不思議な魅力がある。特に、ユマ・サーマン。なんなんだろう、このひとは。ティム・バートンの『ビートルジュース』やジャームッシュの『ナイト・オン・ザ・プラネット』に出てたころの、ウィノナ・ライダーに匹敵する不思議さだ。

アメリカ映画を馬鹿にして避けてきたが、食わず嫌いをしているうちに、いい映画が育ってきていたようだ。ちょっと前までのアメリカ映画といえば、ハリウッド映画はどれも同じ、インディーズも「努力はわかるけどちょっと…」な作品ばかり(たとえばジム・ジャームッシュ)という状況だった。しかし、気づいてみれば、リンチもいればタランティーノもいる。アメリカ人も確実に映像表現を広げている。

あと、それから。タランティーノといえば、北野武がよく引き合いに出されるが。『パルプ・フィクション』を見た感想としては、タランティーノの方が遥かにクオリティが高いように思う。もう一点付け加えると、どちらも暴力映画だが、どうも、タランティーノは本質的には健全な人で、たけしは本質的に異様な感性を持った人、ではないか、と感じるのだが、どうだろうか?

*カンヌ国際映画祭パルムドール受賞作品

David Rynch,Wild At Heart (1990)2004/06/08

 泣いた。ラストシーンで、ぼろぼろ泣いた。こんなに泣いたのは久しぶりだ。

 全く非現実的なラストシーンなのかもしれない。でもね、この権謀術策張り巡らされた矛盾に満ちた世界でも、本当の純粋さををどこまでも徹底的に貫き通せれば闘えるんだ、おかしな世界は消えていくんだという、このリンチの祈り。これが僕を泣かせるのだ。

 マルホランド・ドライヴにしてもそうだけど、リンチって、一見いかがわしいけど、本当はいい人なんだなー。誰よりも倫理的な映画をつくる人だと思う。これをいかがわしいと思う人は、何も考えていない人というか...。

 あー、久しぶりに泣いた。90年代以降のリンチは、本当に本当にすばらしい。

 「映像の魔術師」の異名をフェリーニから引き継ぐ者が、現在いるとすれば、デヴィッド・リンチ以外ありえない。

*mehr Informationen = David Rynch, "Wild At Heart" (1990) .

『ロッタちゃん、はじめてのおつかい』(スウェーデン、1993年)2004/03/25

 『ロッタちゃん、はじめてのお使い』。このタイトルから思い浮かべるのは、はじめてのおつかいを、戸惑いながら勇気をもって遂行する、けなげな子供の姿。

 ところが!違うのだ!見てびっくりした。ロッタちゃんは、そんな子ではない。とってもコワい子なのだ!説教はするは、ママを罰するは、全く生意気どころではない、自分にこんな子がいたら、どうしよう?という子なのだ。ロッタちゃんのママもパパもお兄ちゃんもお姉ちゃんも、いちいち腹をたてず、横目でにやにや見ているだけだけど、最近の日本のお母さんたちだったら、虐待して殺してしまうにちがいない。

 そんなわけで、子供向けにつくられた映画なのだけど、子供には見せないほうがいいだろう。影響されて、言う事をまったく聴かない子になるのは確実。その一方で、これから親になる人は、見ておいたほうがいい。日本の子供も、ロッタちゃんに近づいていっている。自分の子供にこういうことを言われたら、どう対応するべきか、事前に考えておいたほうがいい。ロッタちゃんのママは何もいわず、やりたいだけやらせた上で、本人に考えさせる、という教育方針。これは理想的だけど、東京では無理。この話の舞台は、全員顔見知りばかりの町だから、子供に好きなようにやらせてみても、町の中にいる限り、特に危険はないが、東京では、やりたいようにやらせている間に、様々な危険にあってしまうのは確実。それでは、子供の主体性と人格を尊重しつつ、危険をさけて育てるには、どうすればよいのだろう?

 ※北欧の社会・家庭を垣間見れて興味深い。まだまだ町の共同体が残っているようだ。日本では個人主義化が行くところまで行ってしまったのかもしれない。

* mehr Information:   『ロッタちゃん、はじめてのおつかい